一度転職をするとクセになるとよくいうが、ご多分にもれず私もそうだった。
1年以内に3度の転職をかさねた末ようやく法務事務所につくことができたのである。
ご存知の方もいるかもしれないが、この業界の補助者の給料の相場は15万円。
とても家族4人で生活できるレベルではない。
毎月貯金を食いつぶしながらの生活がしばらく続いたが、
基本的に9時~5時の勤務時間なので自分の時間は十分確保でき、
法律の勉強をしながらの充実した日々を過ごしていた。

毎日300円程度の昼食をはじめ想像以上に生活は苦しかった。
しかし、その対価として私は生まれて初めて「生きている証」を手に入れたのだ。
これほど勉強が面白いと感じたことも今までなかった。
やはり勉強とは主体的能動的になされるものでなければならない。
建設業の許認可申請を主要業務としていたが、私は自分が「法律」に携わっている
というだけで充分満足だった。

そして三十一歳の後半11月、私は運命的な出会いをすることになる。
それが行政書士Y氏との出会いだった・・・

担当していた得意先から有限会社を作りたいとの依頼があり、
私は大阪の司法書士事務所に勤務する大学時代の友人に相談を持ち掛けたのだが、
その時紹介されたのがY氏だった。

人と人との出会いというのは本当に不思議なものだ。
これは何年つきあったから心が通じ合っているというものでもない。
会った瞬間から何年も前からお互いに親友であったかのような気がするということもある。
まさに今回がそれだった。
別れ際に我々は一緒に組んで仕事をしていくという暗黙の了解がなされていた。

事務所(わけあって事実上廃業)を退職する日(Xデー)を私はクリスマスに定めていた。
12月に入ってからの動きは全て独立を意識したものだった。
有り難いことに私が担当していたお客様は快く独立を応援してくれた。
Y氏との同行もお互いの業務の合間をぬって続けながら「これならイケル!」
という手応えを二人で感じとっていた。

年が明けて2003年1月9日大安、連名で事務所の契約をした。
それが、さ迷い続けた末の「自営荒木孝之誕生」だった・・・・・

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arakitakayuki
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株式会社ワイルドツリー5期目を迎え、私のFX歴も10年目に突入しました。進化し続ける投資運用法を公開します!